2013年08月04日
安国寺
天神の中心地から北のほう、渡辺通りと親富孝通りの間にあるお寺さんが、今回紹介する『安国寺』です。
慶長5年(1600年)に、豊前国から筑前国福岡藩初代藩主となった黒田長政が、豊前中津にあった安国寺の住持天翁のために寺を移したもの。
寛永12年(1635年)の火災で焼失してしまいましたが、福岡藩2代藩主・忠之の援助で再興されました。
山門は、高さ18.5メートル!で、寺の外から撮るには、一苦労するスケール!ここまで大きければ、目立たないわけがありません。
平成5年建造ということで、今年で20年!


山門の左右には、仁王像があって、こちらの高さは4.2メートル!と、こちらも西日本屈指の大きさ。
鳥の糞害防止のためワイヤーが張られていますが、下に僅かな隙間を発見。
罰当たりもそこそこに撮影できました。日頃は見ることがないアングルですね。
左側(西の方角)は、口を結んだ『吽形(うんぎょう)像」』。

右側(東の方角)は、口を開いた『阿形(あぎょう)像』。

ん?なにか気づきませんか?
万物の始まりと終わりを表す、阿吽の呼吸という言葉の語源にもなっているそうですね。
本堂
都会にあるとは思えない静かな時間が、ここには流れています。

平成19年には、鐘楼堂も建設され、天井には、龍が描かれています。
毎日午前11時に鳴らされているって、ご存じでしたか?3人がかりで撞くそうです。



天満宮…?調査不足です。

納骨堂?

福岡の医学の発展に尽力をした熊谷玄旦翁の墓碑、
母里家累世の墓碑、博多人情小話「飴買幽霊」の墓碑は、西の方角にあります。

安国寺は一部の月を除き、毎週座禅会を実施しているお寺さんでもあります。
心を鎮めにいくのにもいいかもしれません。
曹洞宗 安国寺
福岡市中央区天神3丁目14−4
慶長5年(1600年)に、豊前国から筑前国福岡藩初代藩主となった黒田長政が、豊前中津にあった安国寺の住持天翁のために寺を移したもの。
寛永12年(1635年)の火災で焼失してしまいましたが、福岡藩2代藩主・忠之の援助で再興されました。
山門は、高さ18.5メートル!で、寺の外から撮るには、一苦労するスケール!ここまで大きければ、目立たないわけがありません。
平成5年建造ということで、今年で20年!


山門の左右には、仁王像があって、こちらの高さは4.2メートル!と、こちらも西日本屈指の大きさ。
鳥の糞害防止のためワイヤーが張られていますが、下に僅かな隙間を発見。
罰当たりもそこそこに撮影できました。日頃は見ることがないアングルですね。
左側(西の方角)は、口を結んだ『吽形(うんぎょう)像」』。

右側(東の方角)は、口を開いた『阿形(あぎょう)像』。

ん?なにか気づきませんか?
万物の始まりと終わりを表す、阿吽の呼吸という言葉の語源にもなっているそうですね。
本堂
都会にあるとは思えない静かな時間が、ここには流れています。

平成19年には、鐘楼堂も建設され、天井には、龍が描かれています。
毎日午前11時に鳴らされているって、ご存じでしたか?3人がかりで撞くそうです。



天満宮…?調査不足です。

納骨堂?

福岡の医学の発展に尽力をした熊谷玄旦翁の墓碑、
母里家累世の墓碑、博多人情小話「飴買幽霊」の墓碑は、西の方角にあります。

安国寺は一部の月を除き、毎週座禅会を実施しているお寺さんでもあります。
心を鎮めにいくのにもいいかもしれません。
曹洞宗 安国寺
福岡市中央区天神3丁目14−4
Posted by けいたん at 09:00
│名所めぐり