2017年04月14日

熊本地震から1年

4月14日を忘れないでください。熊本地震から1年です。早いものです。

震度は小さく、回数も減ってきてはいますが、依然として余震は起こっています。

熊本市内中心部。熊本城をはじめとする多くの文化財や名所などが被災しました。
熊本城のように復旧にむけてすでに作業が始まったものがある一方で、解体を決断せざるを得ない古い建物などもあります。

地震発生から1ヶ月後に2度、今年に入ってから何度か熊本市を訪れていますが、以前まで見られていたのにすでに解体されるなどして見れなくなってしまった光景なども少なくありません。
それを目の当たりにすると、福岡県西方沖地震における福岡市内の被害状況とも被ってみえます。

自分に何か出来ないだろうか。そうおもったとき、いまを写真に撮ること。
写真を撮り続けていて思うことは、日々の記録でもあり、将来的には記憶にもなるということ。その積み重ねの意識がなければ、自分の思っているような写真なんか撮りません。
デジカメ持つようになって、ピンぼけや気に入らないものなどを簡単に消せるようになった一方で、体調すぐれないときは、写真にもそれが現れるので、撮らない日も当然出てきますがね。


今年の「くまモン感謝祭」において、書道家の先生が書いた『感謝』という言葉。



まだ復興ははじまったばかりです。これからもいまの熊本を撮影しつづけたいとおもいます。
  


Posted by けいたん at 10:00雑談撮影イベント関連熊本

2017年03月14日

熊本市内を歩く(#4)富重写真所

熊本市内を歩く。4回目の今回は、新町にある「富重写真所」です。

上野彦馬のもとで写真術を学んだ初代の富重利平が1866年(慶応2年)に柳川で開業したのち、1870年(明治3年)に熊本市新町へ移転しました。
以来、熊本の近代を語る写真の数々を撮影し続け、今日に至っています。

そうした経緯から、日本最古の写真館とも言われています。

富重写真所の坪井川沿いに面した木造建物は1877年(明治10年)築(西南戦争で焼失するも同地で再築されたのが現在の建物)で、木造2階建ての建築となっています。
当時は、ガラス屋根を透過した光をいったん床に当て、バウンドさせた光を再度、壁面で捉え被写体を照らして、立体感を作り出す仕組みとなっていたようです。
また、文化庁の登録有形文化財、熊本市の景観形成建築物の指定を受けています。

万歳橋から見る建物。



周囲はすっかりビルやマンションなどになりましたが、当時はどんな光景だったのでしょう。

なお、熊本県教育委員会の調査報告書によると、写真の原板が842点、写真1176枚、カメラ機材379点など、膨大な資料が写真館に伝わっているという。
そうした1000枚を超える数の写真には、明治期の人や風景、さらには西南戦争の戦跡まで写されており、当時の熊本の姿がわかるのだという。(その半数近くが、県立美術館の収蔵庫に保管されています。)

写真館の正面にあるガラスケースには、いずれも明治期、富重写真所で撮影された小泉八雲らの肖像写真、そして、西南戦争で焼失する前の熊本城天守閣の写真が飾られています。
ちなみに、夏目漱石らもここで肖像写真を撮影されています。


(シャッターが下りていたので、道路側の建物の正面がちの写真は撮っていません。)

建物内部もそうですが、貴重な写真の数々も見てみたいものですね。


富重写真所
熊本市中央区新町2-8-5  


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2017年03月10日

熊本市内を歩く(#3)西村邸

熊本市内を歩く。3回目は、西村邸です。古町エリアです。

西村邸は、明八橋そばの坪井川沿いにあり、南側の道路に面して倉庫が設けられ、北側の坪井川に面して住宅が建てられています。
大正6年(1917年)築とのことで、今年で100年を迎えます。

住宅は木造2階建てで、住宅内部の床・壁・天井に数寄屋風の意匠が使われています。
また、もともと油商であったため、敷地の東西のレンガ造の防火壁に特徴。
特に、東側は2階建ての外観に合わせた煉瓦壁になっています。

2010年には、熊本市の景観重要建造物の指定(第2号)を受けています。

地震前まで、道路側の倉庫跡では「器李家カフェ」というカフェが営業されていました。

危険度判定では赤紙が貼られていて、2階部分の外壁が剥がれるなどしていましたが、すでに綺麗に直されています。

2016年5月13日



隣に家があった痕跡が煉瓦壁にくっきりと残っています。


古町エリアは、西南戦争でも被害が少なかったようで、いまも多くの町家が残っています。


かつて、坪井川を使って積み出していたということもあり、裏手にはその痕跡らしきものも残っています。



2017年2月20日



2017年3月6日



西村邸
熊本県熊本市中央区西唐人町10  


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2017年03月06日

熊本市内を歩く(#2)味噌天神(201605)

熊本市内、取り上げる内容はだいたいは中心部がメインになってしまいますが、地震によって、気づかない間に、変わってしまった光景も少なくありません。また、被害状況なども取り上げていこうと思います。

2回目は、昨年5月時点の味噌天神の状況です。

正式な神社名は、本村神社。
和銅6年(713年)に悪疫が流行した際、平癒を祈願して「御祖天神」を御祭神として祀ったのがはじまりとされていて、それが時代を経て「味噌天神」となった。
味噌天神というのは俗称であり、日本で唯一、味噌に対する利益があるとされることがその由来。


由緒書き(現地案内板より)

味噌天神

旧記には天神社と記され、正式には本村神社であるが、一般的には味噌天神の名で知られ、全国唯一の味噌の神様として崇められている。
伝承によれば、和銅六年(七一三)に悪疫が流行したとき神楽の神「御祖天神」を祀ったのがはじまりで、その後国分寺の味噌蔵の守護神となったので「味噌天神」と呼ばれたという。
神社の境内に生ずる笹は、味噌の味をよくするというので、戦前は各地から貰いに来る人が絶えなかった。学説では天神の御衣を納めた「御衣天神」であろうとされている。


と、由緒深き神社なのですね。

熊本地震で、県道28号に面した鳥居が倒壊。


どこへ…と境内を歩いていたら、有りました。

昨年5月の訪問時は、鳥居の瓦礫が境内に置いてありました。再建されるのが待ち遠しいですね。



社殿も、屋根瓦が剥がれかかっていたり、少し湾曲しているようにも見えました。



ひのくに号に乗ると、目の前に見えているのに、唯一、地震前の写真を撮っていなかったのが心残りです。

味噌天神(本村神社)
熊本市中央区大江本町7-1  


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2017年03月03日

熊本城を見る2017(#8)隈本城(古城)跡(20170220) #熊本

先月もひっそり、熊本へ。…雨でした。

熊本城の南側、新町の近く。

現在の第一高校の校地内と、戦後に堀が埋め立てられてしまい公園化していますが、これらの一帯にはかつて、隈本城(古城)がありました。

古城跡(ふるしろあと)
加藤清正が今の熊本城を築く前には、この地に鹿子木寂心(親員)の築いた隈本城があり、のちに古城(ふるしろ)と呼ばれた。
この城には、鹿子木氏の後、城氏が入り、豊臣秀吉の九州征伐にあたって、この城に薩州攻撃の本陣をすすめた。その後、佐々成政の居城とし、加藤清正も現在の熊本城に移るまで二十年近く在城した。

(第一高校の国立医療センター側の門の前のある案内板より)

古城堀端公園一帯は、文字通り、戦後に埋め立てられるまでは、古城堀があったのです。

古城堀
熊本城は日本三名城の一つにも数えられ、約九十八万平方メートルもの広さを持つ豪壮雄大な城です。
明治十年の西南の役では薩軍の猛攻撃に耐え、その真価を発揮しましたが、その際天守閣を始め多くの櫓が失われました。そこで、文化庁と熊本市では本来の姿への復元を進めています。
この付近一帯は古城の堀の跡で、戦前の段山を削った土や昭和二十八年の大水害の際の排土で埋められたものです。そのため熊本市は、昭和五十四年度からこの地区の公有化を進めており、将来は浚渫して、旧態の堀に戻すことにしています。

(古城堀端公園内にある案内板より)

熊本地震では、第一高校の正門前に架かる橋の欄干とその下の石積みが一部崩れた以外は、ほとんど被害はなかったもよう。

半年以上も経ってようやく、その撤去作業が始まった感じにみえました。

2017年2月撮影


2016年5月撮影


~~~

石垣には蔦や藻に被われていて、ほとんど整備されていませんが、当時の石垣は残されていて、その積み方もしっかり学べます。






案内板にも書いてあるように、浚渫(しゅんせつ)、即ち、いずれはこの一帯を堀に戻すみたいな、そんな計画もあるみたいですが、地震後の復興費用だけで膨大なので、厳しいのではないかなとも思っています。(もっとも、こうした案内板がいつ設置されたものかも気になるところだとは思いますけど。)

トリビア。。!
古城跡や古城堀端公園の『古城』は“ふるしろ”と読みます。
しかし、その古城堀端公園のあるところの地名は、“古城町(こじょうまち)”と読みます。(^_^)
  


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2017年03月01日

特急かわせみやませみを見る(20170228)

昨日2月28日、今週末の3月4日実施のJR九州ダイヤ改正から、熊本~人吉間にて運行を開始する、新たな観光列車、特急『かわせみやませみ』のお披露目が、博多駅にて行われました。

公開は20分程度の短時間。車内の見学は未実施でした。


“かわせみ(翡翠)” キハ47-8087



“やませみ(山翡翠)” キハ47-9051





特急かわせみやませみは、1日3往復、運転されることになっています。
停車駅は、熊本、新八代、八代、坂本、一勝地、渡、人吉です。


いずれは、熊本で撮る予定になるので、今回は撮らなくても良かったのではと思ったのですが、待てませんでした。
(博多駅が撮り鉄しづらくなったのは重々承知していましたが。。)



  


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2017年02月24日

熊本市内を歩く(#1)上通アーケード・金龍堂まるぶん店のかっぱ像

熊本市内、取り上げる内容はだいたいは中心部がメインになってしまいますが、地震によって、気づかない間に、変わってしまった光景も少なくありません。また、被害状況なども取り上げていこうと思います。

1回目の今回は、金龍堂まるぶん店のかっぱ像を紹介します。

熊本市の繁華街、上通アーケード内にある、金龍堂まるぶん店。老舗の書店のひとつです。

金龍堂まるぶん店には、通行人を呼び込もうと店頭に設けられた噴水に、座禅を組むなどしたユニークな3体のかっぱ像が鎮座していて、アーケードを行き交う市民らに、よく親しまれています。

かっぱ像は1970年からだそうですから、45年以上もここで行き交う人を見てきたのですね。知らない人がいるはずがありません。

そのなかで昨年4月の熊本地震によって、金龍堂まるぶん店は臨時閉業に追い込まれました。9割近くの本が落下し、返品を余儀なくされたりしたとか。
閉ざされた店のシャッターには、営業の再開とかっぱ像の再会を待つ市民らの寄せ書きの紙が貼られるなどしていました。

かっぱ像は、震災にもなんとか耐えていて、書店の改修工事を終えて、11月にリニューアルオープンと同時に、再びお目見目しました。


2016年2月撮影


2017年2月撮影



改修工事によって、噴水は少し形を変え、3体が寄り添うようになりましたね。左右のかっぱの位置も違います。
かっぱ像の周りには小銭がたくさん…。いかに、営業再開とかっぱ像への再会を待ち望んでいたかがうかがえますね。
これからは、3体で復興について語り合っていることでしょう。(^^)

地震前のかっぱ像の姿を、改めて、撮っておいて良かったなと思えました。
少ないながらも、記録は大事ですね。


金龍堂 まるぶん店
熊本市中央区上通町5-1  


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2017年02月08日

熊本城を見る2017(#7)いろんな角度から見た熊本城(20170126) #熊本

今回は、いろんな角度から見た熊本城を。
未踏の場所はまだまだあるとおもうので、探していきたいですね。(もちろん、立入禁止箇所を除く)

二の丸広場からみた、天守閣と宇土櫓。


城彩苑の2階デッキからみた、飯田丸五階櫓。
手前の坂は、行幸坂。いまだに通行は再開されていません。


未申櫓


3000本のペットボトルで作られた天守閣。うまく再現されています。(^^)
城彩苑の入り口にあります。


行きの高速バス車内から。(通町筋付近)


熊本ホテルキャッスルの前(上通り側)から天守閣と本丸御殿。



石仏。揺れで落ちないよう、紐で括られています。コーヒーも差し入れられています。
奥に見えるのは、解体保存中の長塀。

  


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2017年02月07日

熊本城を見る2017(#6)市役所から見た熊本城(20170126) #熊本

熊本城全体を見るなら、熊本市役所の14階の展望スペースでしょ。と言うわけで、こちらも昨年5月以来です。

大天守閣は、瓦が剥がれ落ち、鯱もなくなった痛々しい無惨な姿のままです。そして、すっかりと落葉した大銀杏も見えます。

そして、手前の本丸御殿について、昨年10月、地震後はじめて本丸御殿が報道公開された際には、地盤沈下の影響で、建物西側が約4cm沈んだことが確認されたという報告もありました。
市役所からはそうとは見えませんが、内部の被害は深刻なのですね。






東十八間櫓はすっかりなくなり、石垣だったところは法面の保護がされているのがはっきりとわかります。
奥の北十八間櫓のほうで、作業にあたっている人を数名確認できました。


飯田丸五階櫓は、鉄骨でがっちりと押さえつけられているような姿は、印象に残ります。
それ以外、床面が抜けたままなど、以前とほとんど変わっていません。


  


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2017年02月06日

熊本城を見る2017(#5)戌亥櫓・北大手櫓門跡(20170126) #熊本

熊本城編、続きです。(^^)

戌亥櫓
北大手櫓門跡まで延びる石垣が崩落した状態のままです。
石垣の上に立っていたであろう木もまた、根元からやられているのも見られます。手付かずのままなので、いつ撤去されるのかも気になるところではあります。




また、戌亥櫓から西大手櫓門まで延びる西出丸長塀(横倒しになっている)の西側は、本来なら空堀になっているのですが、水溜まりが出来ています。



二の丸広場からその西大手櫓門、頬当御門方面へ向かう先は、いまも石垣が崩落した、手付かずの状態のままで、立入り禁止です。



北大手櫓門跡
加藤神社が参拝できるようになったのは、地震後の北大手櫓門跡の整備があります。
トランクになっているところの石垣周りには、二次崩落防止のネットが張られて、ほぼ同じ高さの土のうが積まれています。


加藤神社前からみる南大手御門。これ以上は近づけません。


昨年夏に開放区域が広まったとはいえ、手付かずのままのところが多い印象を受けました。
今しか見られない光景ですから、焼き付けておくのもいいかもしれません。  


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2017年02月02日

熊本城を見る2017(#4)加藤神社(20170126)_補足あり #熊本

加藤神社は、加藤清正を祀る神社としても知られていますね。
昨年夏、棒庵坂の通行再開で、神社の参拝も再開され、今年の初詣は多くの参拝客で賑わったそうです。熊本城に初日の出…見てみたかった。。



加藤神社の境内からは、大小天守閣と宇土櫓を間近で見ることができるため、この日も多くの人が訪れていました。春節近かったので、中国人っぽい方もちらほらと。

午前中は逆光気味でしたが、昼過ぎにもう一度来ましたが、風格がよくてよろしいではないですか。宇土櫓の石垣の高さは、他の城の天守閣に匹敵します。




夕焼けが綺麗な日にまた訪れたいところですね。
小天守閣は石垣との間に少し隙間ができていますし、宇土櫓の漆喰は思った以上に剥がれていました。

そうそう、崩落した石垣から現れた観音様の石垣も見ることができます。
うっすらなので、よく見ないとわかりませんが…。これもいずれはまた石垣の再建で戻されてしまうのでしょう。



募金箱も設置されていました。くまモンの達磨が可愛らしい。(^ω^)




【追伸】

今月から始まった、サントリーの缶コーヒー・BOSSの新CMは、熊本城編です。
加藤神社で天守閣を見る、タモリさんとトミ・リー・ジョーンズさん、そして、くまモン。
さらに、タイムスリップした先で登場する加藤清正役には北村一輝さんが抜擢されています。

映っている風景を見る限り、だいぶ前に撮影されたみたいですね。(当然といえばそこまで)



※サントリー公式の動画です。  


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2017年02月01日

熊本城を見る2017(#3)熊本大神宮と東十八間櫓・北十八間櫓(20170126) #熊本

坪井川に沿う長塀通りを歩いて、続いてやってきたのは、熊本大神宮。
本震によって、熊本大神宮の社務所が東十八間櫓の倒壊で押し潰されたのが印象だったのですが、その社務所もすでに取り払われ、東十八間櫓の部材、石垣も別に保存され、これ以上の被害を防ぐため、法面の保護が施されています。

プレハブの仮設社務所ができています。


社務所があったところは整地されています。




北十八間櫓
こちらも大きな被害が出ましたが、ショベルカーで隅石などの除去作業が行われている最中でした。


石垣には、番号も振られていますね。


途中、算木積みだとはおもいますが、えらく直角の石垣。左に天守閣が見えます。



さあ、これから棒庵坂を上って、加藤神社へ向かいます。さらに熊本城へ近づくのであります。

次回はその加藤神社から。
  


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2017年01月31日

熊本城を見る2017(#2)武具櫓・長塀・櫨方門(20170126) #熊本

さあ、熊本城に近づいてみましょうか。

武具櫓
とくに変化は見られずでした。隅石を含め、いつ撤去されるのかもわからないですね。
落葉によって、奥にある飯田丸五階櫓が見やすくなりましたけども。


角度によっては、未申櫓も見えます。


長塀
昨年12月中旬から3月中旬までの予定で、解体保存のため、242メートルにわたる塀をすべて、撤去する作業が、現在行われています。震災前は塀を見るだけでも圧巻だっただけに、仕方がないのかな。いつかまた再建されますように。
また、まだ手前の芝生には立ち入れない状況も続いています。いつ石垣が崩れるかもわからないですものね。



櫨方門
武具櫓の裏に当たる櫨方門付近では、重機が作業を行っていました。おそらく、スロープを設置する工事でしょう。路面を傷つけないためもありますが、天守閣への機材の搬入などをしやすくするためなのでしょう。


時間を追うと、作業の変化も見られます。
備前堀へ流出した石垣などの撤去作業も進んでいました。(画像の左側)

  

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2017年01月30日

熊本城を見る2017(#1)熊本交通センターから見る熊本城(20170126) #熊本

1月26日、熊本へ行ってきました。こうみえて、昨年5月以来。夏は諸事情も重なったのですが、猛暑でしたし、避けました。暑い中、絶対に危険ですからね。

今回の目的は前回と変わらず、今しか見られない熊本城の近況を見に行かなくては…ということです。
市内(とくに古町、新町の界隈)は一応、また次回の機会を予定しています。(昨年5月には巡っていますけど。)

日の入り時間が遅くなれば、撮影できる時間も増えるわけですけど、今年は、不定期でもいいので、熊本へ行ければいいなと思っています。(大きな余震も徐々に減っていますし。)

と、前置きが長くなりましたが、事始めに、今回も、熊本交通センターから見える熊本城のようすから。
高速バスを降りてから、まず行くところですね。




以前と変わったところ……
飯田丸五階櫓に、倒壊防止の鉄骨の支えができたくらいでしょうか。想像以上にインパクトあります。
この鉄骨の支えができるまで、櫓自ら 、崩壊を免れた石垣だけで支えてきたので、尚更ですね。
作業員の姿は確認できませんでしたが、梯子も見えますね。どういう作業にあたっているのか、気になります。

時間がたつと、行幸橋そばの加藤清正公像に日が当たります。(11時前撮影)
背後に見える武具櫓については、また次回。
  


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2016年12月09日

2016年を振り返る(未公開分(#2)/熊本市電_夏目漱石記念年ラッピング)

2016年も残りわずか。今年もいろいろあった1年でした。
そこで、拙ブログでワケあって公開できなかったものを紹介できればと思います。

今回は、熊本市電の夏目漱石記念年ラッピング電車です。

今年といいますか今日は、夏目漱石の没後100年(1917年12月9日)を迎えます。

夏目漱石は1896年、旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の英語教師として熊本に赴任し、4年間を暮らしたというのはあまりにも有名ですね。

あれから120年の歳月。夏目漱石が現在のJR上熊本駅に降り立ったの同じ月日である、4月13日に運行を開始したのが、このラッピング電車です。

熊本地震(前震)の前日からですが、車両に被害はなく、今年いっぱいまでの予定で運行されています。






ラッピングはどちらかというと、サーモンピンクに近い色合い。肖像写真などが使われいます。
中ドアには、「吾輩は猫である」・「坊っちゃん」・「草枕」・「二百十日」の4つの作品のタイトルが書かれています。

今年と来年は、夏目漱石の節目の年と重なるため、熊本でも様々なイベントが行われる予定…で進んでいるものと思われます。(実際、地震発生の前日にも行われていたみたいですが、地震の影響で、全国的にはあまり周知されていないのかも。)

撮影場所:河原町、熊本城・市役所前~通町筋にて。(いずれも、2016年5月に撮影)
  


2016年12月08日

2016年を振り返る(未公開分(#1)/震災前の熊本城ライトアップ)

2016年も残りわずか。今年もいろいろあった1年でした。
そこで、拙ブログでワケあって公開できなかったものを紹介できればと思います。

今回は、熊本地震前に撮影した、熊本城のライトアップです。

2月、引退を目前にしていた、熊本電気鉄道の5000系(青ガエル)を撮るべく熊本へ行ったとき、福岡へ帰る前に立ち寄っった熊本市役所14階の展望スペースからの撮影です。




大小の天守閣と本丸御殿がライトアップされています。

今思えば、併せて、昼間の熊本城をしっかり撮ればよかったものと、いまごろ後悔しています。せめて1泊くらいしてもよかったかもしれませんが。

外の寒さを忘れて、感動したのを覚えています。

地震発生時、NHKの定点カメラが捉えた熊本城は、思わず目を疑うばかりか、ショックでしかなかったですものね。

そして地震発生からしばらくは、ライトアップが中断されていましたが、さすがに寂しい印象もあってか、その後、再開されたみたいですね。ただ、それまでとは印象が違うのが残念なところです。(今の姿も早く撮りに行きたい…)

また震災前のような元の姿に戻るのは数年後……。(全体の復興完了は数十年も先…)
  


2016年10月17日

西鉄電車まつりで熊本市電5000形5014Aを見る

2016年10月16日、西鉄の筑紫車両基地で行われた西鉄電車まつり。
整備工場内にて、熊本市電の5000形5014ABのうち、5014Aが、塗装を剥がされて、修復されていました。(5014Bはおそらく別にあるとおもわれますが。)





今年度中にも復活という話もありましたが、先の熊本地震の影響で、そこからなかなか情報がなかっただけあって、どうしたものかと気になっていたところ、すでに修復されていた次第。しかも、西鉄が請け負っています。
同じ熊本の熊本電鉄の06系(旧東京メトロ銀座線の06系)も改造等も西鉄が行っています。

熊本市電の5000形5014ABは、元西鉄福岡市内線の1000形の1014AB。
1957~1975年にかけて運行されていたのち、1975年に熊本市交通局に譲渡され、老朽化を理由に2009年を最後に運行休止。
今年度の運行再開を目指して、修復されているというわけです。運行再開がいつになるかなど具体案は未定ですが、早い復活も待たれます。

熊本地震どころか、阿蘇山噴火も起こり、復興への希望がまた……。
ぜひ、一役買って欲しいですね。
  


Posted by けいたん at 10:00西鉄(電車)撮影熊本熊本市電

2016年07月25日

レイルマガジン2016年9月号




レイルマガジン2016年9月号(通巻396号)に掲載されました。

今回は、特集『中小私鉄&三セクへ、この夏も 2016』から、5月に熊本訪問時に、通町筋で撮影した熊本市電の写真を。
いつもの『今日の一枚』とは別に投稿しました。

昨年同様(2015年9月号)の企画です。
別アングル、別箇所での他車両も含めて、いくつか投稿していましたが、結果的に撮影場所も昨年と同じというのは、仕方ないでしょうね。

掲載された写真のサイズこそ昨年と違いますが、それでも、被災した熊本城天守閣のてっぺんがわかる程度の大きさで掲載されただけでも満足です。

レイルマガジンに関しては、特集向けの単写真もWeb上からの投稿も可能になったため、楽になりましたね。
過去のストックを含め、特集に見合った写真の募集があれば、今後も投稿していこうとおもいます。

余談になりますが、同号のRMフォーラムのイラストコーナーでも、通町筋アングルのイラストが2点。考えることは一緒なのですね。(^_^)  


Posted by けいたん at 10:00雑誌掲載歴撮影熊本熊本市電

2016年06月15日

熊本グルメ_菅乃屋の馬肉メンチカツ #熊本




熊本城を巡ったあと、桜の馬場城彩苑の中にある、菅乃屋に行ってきました。
菅乃屋といえば、言わずと知れた、馬肉を扱う専門店ですね。JR博多シティなど一部は、飲食店も展開されています。
城彩苑内の店舗では、馬肉の各部位を扱っています。

また、気軽に食べ歩きが出来るようなフードメニューもあります。

そのなかから、馬肉メンチカツをオススメしたいです。もうひとつ、カレーパンもありますが、やっぱりメンチカツでしょ。(^^)

臭みもない、牛肉や豚肉とは違った馬肉本来の味わい。もちろん、衣もサクサク。ソースは要りません。
もうたまりません。ビールが欲しくなる一品です。おやつ感覚でもいいでしょうね!

250円と、少々の値は張るかもしれませんが、馬肉ですし、文句なしです。

たかがとお思いでしょうけど、それが復興に繋がると思うのです。



菅乃屋 熊本城桜の小路店
熊本県熊本市中央区二の丸1-14 熊本城桜の馬場 城彩苑内
  


Posted by けいたん at 10:00撮影B級なグルメ熊本

2016年06月14日

熊本城を見る2016(#9)北十八間櫓・監物櫓他 #熊本 #がんばろう熊本

熊本地震における熊本城の被害状況。今回はざっくりとお伝えします。とはいっても、これで、ほとんど出尽くしたつもりです。
他にもありますが、それは別企画でもいいかなとも。

北十八間櫓
東十八間櫓に軒が続く形で建っている北十八間櫓も国の重要文化財に指定されていましたが、石垣が崩落し、櫓もほぼ全壊。無残な状況です。





監物櫓
熊本城でもっとも北にある現存櫓がこの監物櫓です。1860年頃に建てられ、こちらも国の重要文化財に指定されています。
櫓は、外壁の漆喰が大部分にわたって剥がれていますね。



新堀橋の下の道路(熊本県道1号)は、一部車線規制がかかっていますが通行できます。この辺も高い石垣が続いていて、崩落防止、法面の保護のためか、ブルーシートがかけられている箇所もあります。





熊本県護国神社のそばにかかる宮内橋の先にある石垣が崩落し、あちこちに散乱しています。
宮内橋からこの先は立ち入り禁止になっているため、熊本県立美術館(本館)方面にも行けません。当然、車の往来もありません。




(2016年5月13日、19日撮影)


今日で、熊本地震から2ヵ月が経ちます。12日には、熊本県で4月19日以来となる最大震度5強の地震があるなど(熊本市内では震度2程度)、余震活動は続いています。

マスコミ報道による、熊本城の近況。
一連の地震で崩落した石垣の撤去工事が6月7日より始まりました。石垣には番号を振って保存されるとのこと。
撤去完了までには数ヶ月とだいぶかかりそうで、すでに梅雨入りしていますから、何よりも安全第一でお願いしたいところです。

また、飯田丸五階櫓に関しても倒壊を防ぐ工事が今週から始まる見込みで、工事では櫓の下に鉄骨を差し込んで一時的に支えたあと、足場を組んで安定させるということで、この作業が終わり次第、建物の損傷状況を調べて、修復するか取り壊すか決めるそうです。
こちらも安全第一。せっかく復元整備計画で、寄付によって復元されたのに、、はたして。

熊本城内にある加藤神社の参拝が6月8日より再開されました。安全が確保された棒庵坂などから行き来することができるとのことです。
こちらは、次回訪問時に参拝しようとおもいます。  


Posted by けいたん at 10:00撮影史跡・遺産関連熊本熊本城