2016年06月05日
熊本城を見る2016(#8)天守閣群・宇土櫓・戌亥櫓 #熊本 #がんばろう熊本
熊本地震における熊本城の状況。ほぼ折り返し地点です。
今回はまず、天守閣から。
熊本城の天守閣は、1877年の西南戦争の直前に焼失してしまい、一時ない状態が続きましたが、その後、1960年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。それ以来、熊本県民の誇りとして、あり続けています。
4月14日の前震で、全壊こそ免れたものの、とくに大天守のしゃちほこと瓦が無惨な状況になりました。
大天守のしゃちほこの1つが二の丸広場から見ることができるということで、よく見ると、真下の庇に乗っかっているのがわかります。(赤丸で囲った部分)

左の小天守の鬼瓦も傾いているのがみてとれます。

ちなみに!6月1日から、1ヶ月半ぶりに夜のライトアップが再開されました。次回、熊本訪問時には見て帰ろうと思います。
宇土櫓
宇土櫓は、国の重要文化財に指定されていますが、先の地震では、せり出している平左衛門丸長塀が倒壊してしまい、櫓の1階部分も一部が損壊しているのが確認できます。
二の丸広場から見る外観上は、とくに変化は見られないと思いますが、天守閣側からはどう見えるか…。

こうして、大小の天守閣と宇土櫓が並んで見るると圧巻です。
手前の西出丸長塀が倒壊しています。

(よくよく見ると、小天守は浮いている…?)

戌亥櫓
戌亥櫓は、熊本城復元整備計画によって、2003年8月に完成。木造二重三階の隅櫓で、総工費は約4億6千万円。
戌亥櫓もまた、武具櫓や飯田丸五階櫓と同様に石垣の崩落が著しく(とくに北側=2枚目の奥)、隅石だけで櫓を支えている箇所がありました。


(2016年5月13日、19日撮影)
ところで今日の朝日新聞によると、熊本城の石垣で完全に崩落したのは、約8000平方メートルにものぼり、それを含めた城全体で、3割近くの石垣の積み直しが必要とのこと。被害は想像以上だったのですね。
昨日、九州から東海まで一気に梅雨入りが発表されました。福岡では早くも、山笠の準備も始まりました。
今回はまず、天守閣から。
熊本城の天守閣は、1877年の西南戦争の直前に焼失してしまい、一時ない状態が続きましたが、その後、1960年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。それ以来、熊本県民の誇りとして、あり続けています。
4月14日の前震で、全壊こそ免れたものの、とくに大天守のしゃちほこと瓦が無惨な状況になりました。
大天守のしゃちほこの1つが二の丸広場から見ることができるということで、よく見ると、真下の庇に乗っかっているのがわかります。(赤丸で囲った部分)

左の小天守の鬼瓦も傾いているのがみてとれます。

ちなみに!6月1日から、1ヶ月半ぶりに夜のライトアップが再開されました。次回、熊本訪問時には見て帰ろうと思います。
宇土櫓
宇土櫓は、国の重要文化財に指定されていますが、先の地震では、せり出している平左衛門丸長塀が倒壊してしまい、櫓の1階部分も一部が損壊しているのが確認できます。
二の丸広場から見る外観上は、とくに変化は見られないと思いますが、天守閣側からはどう見えるか…。

こうして、大小の天守閣と宇土櫓が並んで見るると圧巻です。
手前の西出丸長塀が倒壊しています。

(よくよく見ると、小天守は浮いている…?)

戌亥櫓
戌亥櫓は、熊本城復元整備計画によって、2003年8月に完成。木造二重三階の隅櫓で、総工費は約4億6千万円。
戌亥櫓もまた、武具櫓や飯田丸五階櫓と同様に石垣の崩落が著しく(とくに北側=2枚目の奥)、隅石だけで櫓を支えている箇所がありました。


(2016年5月13日、19日撮影)
ところで今日の朝日新聞によると、熊本城の石垣で完全に崩落したのは、約8000平方メートルにものぼり、それを含めた城全体で、3割近くの石垣の積み直しが必要とのこと。被害は想像以上だったのですね。
昨日、九州から東海まで一気に梅雨入りが発表されました。福岡では早くも、山笠の準備も始まりました。