志賀島(#3) 金印公園と金印の謎
志賀島といえば、国宝の金印が見つかったとされる島としても知られています。
国宝ですし、福岡市民で知らない人はいないと思います。社会科でも学びますからね。
出土地周辺は現在、金印公園として整備されています。
まずはじめの階段を上がるとここへ。
海を挟んで見えるのは、能古島。
さらにもう一段上がると、こちらに。
ここで、各地の位置関係が分かります。
さらに上がると、こちら。
公園が、小高い丘のようになっています。(^^;
史跡ではないのは、発見されたという地にしては、曖昧だからでしょうね。
というのも…
ところで金印は、長らく、江戸時代の天明4年の旧暦2月23日(現在の4月12日)、甚兵衛という百姓が、志賀島で農作業中に発見したとされています。
(金印公園があるところで見つかったのかというと、そうでもないとか。)
金印はのちに福岡藩(黒田家)へと渡り、亀井南冥が『後漢書』に記述のある金印とはこれのことであると証明しました。
明治維新後に黒田家が東京へ移り、東京国立博物館に寄託された。その後、福岡市に寄贈されて福岡市美術館で、のちに福岡市博物館で保管・展示され、いまに至ります。
授与された当時に、文字を判別できる人間がいたのかも、学者によって意見が分かれているそう。北部九州では、古くから大陸からの交流もあり、すでに文字を使っていたのではないかとも言われています。
金印は、いまでいうところの内容証明などにつかう、封緘印代わりに使われてきたとされています。当時は、紐などで縛ったあとに、粘土が乾かないうちに押していたそうな。
金印の一辺の長さは2.347cm…10円玉とほぼ同じ、重さは108.7g。
金印ですから当然、金が使われていて、純度は95.1%、22K相当。
他、銀が4.5%、銅が0.5%含まれています。
鈕(つまみ)は、ヘビを現しています。
金印に刻まれている文字は、いうまでもないでしょうね。
【漢委奴國王】
です。
読みや意味は学者によってわかれますが、一般的には「かんのわのこくおう」として広く知られていると思います。
金印公園
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福岡市東区志賀島1865
自動販売機とトイレあり
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