2017年07月31日

博多人形の窯跡の発掘現場を見る(20170729)

福岡市博多区冷泉町の駐車場跡(ビル建設現場)で6月から調査が進められている、博多遺跡群第213次調査の現地説明会が7月29日にあり、見に行ってきました。

ここでは、現在の地表面から約1.2m下で窯跡が見つかり、窯跡やその周辺から人形や七輪といった素焼きの製品や窯道具などが数多く出土しました。




調査が行われている敷地の一部は、昔、「中ノ子家」の地所で、中ノ子家はこの地で素焼きの製品を作っており、同家の口伝によれば、1808年に、中ノ子安兵衛·吉兵衛の親子が素焼き人形の製造を始めたとされています。
明治時代に「博多人形」のブランドを形成した主要人物はすべて、中ノ子家と師弟関係を持っており、人形生産技術の普及や人形界の発展に関して、中ノ子家はとても大きな役割を果たしていました。

…ということで、拙ブログでは便宜上、『博多人形の窯跡』としています。あながち間違いではないわけでね。


窯跡は現時点で、江戸後期から明治初期にかけてのものが6基が見つかりました。
窯跡はすべて調査地の西側に集中していて、同じ場所で何度も作り直されたものと見られます。





人形の頭や手の部分がいくつか露出しています。




出土した人形など…(一部)
これらの多くは、江戸時代のものとされています。こうしてみると、細かいところまで作りがしっかりしていますね。



型(高砂の背面)。中重…?人名のようですね。




こちらは、人形師の方によると、明治時代のもので、福岡出身の幕末女流歌人でもある野村望東尼がモデルではないか、また、窯で焼かれる前の状態とも言われています。


大黒様と恵比寿様


まだ整理されていない中にも、人形の頭部の一部など、多くの破片が出土しています。





………
今後も発掘調査は継続して行われるのことで、中世、古代、古墳時代など古い時代の調査として、さらに下へ掘り進めるとしています。

出土したものはもちろん保管されますが、また何かの機会で公開される時が訪れるといいですね。



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