2015年09月25日

ブラタモリで振り返る博多(#2)博多誕生のウラに高低差あり

ブラタモリで振り返る博多。

西中島橋からやってきたのは、昭和通りと大博通りが交差する、蔵本の交差点です。タモリさんたちが立っていたのは、十八銀行前になります。
放送ではここで2人目の案内役、本田さんが合流します。



博多は、砂丘が蓄積されて成形されてきました。
元寇などで焼け野原と化していたところ、豊臣秀吉によって『太閤町割』として、現在の大博通りを中心にして町が作られてきました。
大博通りは、サンパレス前から博多駅前まで延びる、博多の大動脈です。

(JR博多駅屋上より望む)


蔵本交差点から、呉服町方面へと向かいます。

そして、呉服町ビジネスセンタービルと博多三井ビルティング(1階に千鳥屋があるビル)の前にある、わずかな高低差を発見したタモリさんたち。
こうしてたしかにデコボコで盛り上がっているようにも見えます。
弥生時代から積もりに積もってきたことで、それを整地せずにいまも残しているのですね。



南側からみると、こんな感じです。こっちの方がいい感じにも見えます。




もうひとつ、その高低差を見られる場所へ…


それは、博多の総鎮守である櫛田神社でした。
その櫛田神社の南門。赤い幟が目印の櫛田の焼きもち屋もある、あの石段にもヒミツが!


南門から先のこの道路は、中洲を通って、那珂川に突き当たるわけで。
上川端商店街もあるため交通量は少ないのに、道路幅も無駄に広いですしね。これも不思議です。



昔はここから交易に向かっていたのか~と、思いを馳せながら。




放送では、この後、博多鋏を継承して、いまでは唯一作られている方のところへと向かいますが、その辺は拙ブログではカットします。




高低差といえば、大博通りから東に入ったところにある、東町筋。博多三井ビルティングの裏手になります。
みやけうどんなんかがあるところは、もっとも急な坂になっていて、博多祇園山笠ではかき手が気を使う場所になっています。



さらに東側の疎開道路もですね。



大博通りから西側、西町筋にも、よくみると緩やかな道になっています。


と、今回はここまで!次に続きますばい!



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