2015年09月24日

ブラタモリで振り返る博多(#1)博多と福岡の境目の痕跡を探す

NHKで好評放送中の『ブラタモリ』。
この夏、ついに福岡ロケが行われて、9月19日に本放送がありました。

ここで、タモリさんが歩いたところを、自分なりに、一部を除き、改めて紹介していこうとおもいます。遅まきながら。(^^;


放送開始直後のオープニング場面は、中洲の清流公園からです。
那珂川沿い、遊歩道としてきれいに舗装、整備されています。
放送では、左手に見える中洲のクラブなどを大写しにしないあたりがNHKらしかったりします。


そして、1人目の案内役の宮野さんと合流したのが、『福博であい橋』です。


アシスタント役の桑子アナにたいして、福岡と博多の区別を問いただすタモリさんたちの悪戯心がよかったり。


ここで『「博多」と「福岡」の境目の痕跡を探す』という課題があって、タモリさんたちは福岡市役所方面へ前進していきます。

薬院新川沿い…



アクロス福岡と天神中央公園の東側、薬院新川に沿って残されている石垣こそが、博多と福岡の境目の痕跡!
規模としては、高さ8メートル、長さ800メートルとされており、その一部が、まさしくコレなのです。





場所が移って、西中島橋へとやってきました。タモリさんたちがいたところは、西中洲公園になっています。




さてここまでで、放送では見向きもされていなかったのがいくつもあったので、紹介。

オープニング場面、清流公園にある高倉準一 作の『微風』です。


さらにもう一つ、福博であい橋前にあるのが、小島与一 作の『三人舞妓』です。



ちなみに、福博であい橋にあるベンチ上の傘になっている部分の上部は、黒田官兵衛の赤合子兜と母里太兵衛の日本号の槍を模したものなのですよ。



福博であい橋を渡ったあとにみえる建物は、福岡県公会堂貴賓館(旧教育庁舎)です。


西中島橋は、城下町の福岡に入るために設けられた『桝形門』があったところです。石垣は、この先まで延びていました。門ですから、櫓も構えてありました。



西中洲公園前にあるが、福岡市赤煉瓦文化館。東京駅などを設計した辰野金吾の建造物です。




西中洲公園には、戦災復興土地区画事業で、昭和47年に建立された、冨永朝堂 作の像があります。
同じようにも見えますが、左から、『昇る』、『生まれる』、『歩く』とそれぞれに作品名がつけられています。



しかし何故、タモリさんたちが西中島橋まで来たのか。
放送では取り上げられることがなかったですが、タモリさんたちが立っていたところには『福岡市道路元標』というのが埋め込まれています。(ハトのフンが付着しているけど。)




というわけで、今回はここまで。次へと続きますー。



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