2014年10月18日

車両航送発祥の地

JR下関駅近くにあるシーモールの北側壁面にひっそりとある『車両航送発祥の地』の碑。
気になったので、ちょい調べてみました。




準鉄道記念物 車両航送発祥の地

本州九州間の国鉄貨物輸送に大変革をもたらした貨車航送は鉄道院から下関・小森江(北九州市門司区小森江笠松町)間の航送作業を請け負った宮本高次(下関市宮本組)が明治44年3月1日から試航送を行い同年10月1日鉄道院とこの航路を関森航路として正式に営業を開始しました
宮本高次はかねてから貨車航送について深い関心をよせ航送作業を請け負うに当り私財を投じて7トン貨車3両を積載する艀3隻とこれを曳航する小蒸気船3隻を建造し当時の困難な海陸連絡輸送を打開しました
この貨車航送はわが国の車両航送のはじまりであり当時の下関側発着場がこの地点です

昭和41年10月14日指定 日本国有鉄道 中国支社



勘違いされやすいみたいですが、ここでいう『車両』とは、自動車のことではなく、鉄道車両のことです。もっとわかりやうくいえば、貨車や客車ですね。
当然ながら、桟橋や船内にも線路を敷いておく必要があります。かなり高度な技術だったそうです。

関門航路は1942年の関門トンネルの開通にともない廃止となりました。
同時に、関門航路での車両航送も終わるわけです。

国内では、関門航路以外に、青函航路と宇高航路でも車両航送が行われていました。

青函航路では、1954年に起きた台風15号による洞爺丸の沈没事故を契機に車両航送が廃止となりました。
宇高航路は、1988年に瀬戸大橋が開通したと同時に廃止になりました。


石川さゆりさんの曲で阿久悠さん作詞の「津軽海峡冬景色」の歌詞に出てくる
私もひとり 連絡船に乗り の部分。
もしも、洞爺丸事故が起こらなければ、もしかしたら、連絡船乗ったまま、函館まで夜行列車で行けたかもしれませんね。



【参考】
関門航路 下関駅~門司駅(現在の門司港駅)
宇高航路 宇野駅~高松駅
青函航路 青森駅~函館駅



同じカテゴリー(名所めぐり)の記事
 福岡城跡に幻の天守閣が現れた (2017-08-16 10:00)
 熊本城を見る2017(#10)熊本地震から2年目の夏(20170808) (2017-08-10 10:00)
 那の津往還と那の津幻想 (2017-06-27 10:00)
 熊本市内を歩く(#4)富重写真所 (2017-03-14 10:00)
 熊本市内を歩く(#3)西村邸 (2017-03-10 10:00)
 熊本市内を歩く(#2)味噌天神(201605) (2017-03-06 10:00)

Posted by けいたん at 09:00 │名所めぐり