2017年08月16日

福岡城跡に幻の天守閣が現れた

福岡市の舞鶴公園で、8月11〜12日の2日間、福岡青年会議所主催の「福岡城夏祭り2017」が行われました。



このイベントで、天守閣を立体的に描いたアルミパネル100枚を組んだ、高さ約13メートル、幅約15メートルの「幻の天守閣」が、福岡城跡の大天守台に組み立てられ、その姿を現しました。

見る角度によっては、本物の天守閣っぽくも、見えなくはなかったです。面白い企画ですね。(^^)









裏側はこんな感じになっていました。



夜はライトアップも行われたみたいですが、撮れませんでした。  


2017年08月14日

今春復活した熊本市電の5014ABを見る

昨年の西鉄電車まつりで修復中だった、かつて西鉄福岡市内線で活躍していた、熊本市電の5014AB。

5014ABは、今年3月末から運行がはじまりました。
現時点では、平日のみで、限定的な運用に就いています。

朝…上熊本駅前→健軍町→上熊本駅前
夕…上熊本駅前→健軍町→田崎橋→健軍町→上熊本駅前

に入っているのを確認しています。


塗装は、西鉄貝塚線で活躍していた313形と同様のツートンカラーです。


まずは、ひのくに号車内から確認。前回(4月)は土日で見れなかったのもあり、ようやくでした。

(味噌天神でバスを降りて、健軍町折り返しの5014ABに乗ろうか悩みましたが、この日は、熊本城の近況を見るのが目的でもあったので、見かけても撮影に徹することにしていたので…。(^^; )

熊本市電ナビ https://www.kumamoto-city-tram.jp/ で位置情報を確認しつつ、花畑公園近くの銀座通り歩道橋で待ち伏せし、無事に撮影できました。



朝の運用はこれでおわり。


夕方、通町筋電停へ。
実は、時間ミスで健軍町行きの便(B系統)を逃しています。
結局、5014AB唯一のA系統運用である田崎橋行きを待つことに。





田崎橋行きは道路状況次第だとは思いますが、通町筋で健軍町行きと並びます。

そして再び、銀座通り歩道橋へ。花畑町電停では多くの人が降りていきました。熊本の歓楽街の最寄りですからね。



渋滞する中も気にせずに…。これだから、市民にとっての市電の重要さがわかります。



そしてまた、通町筋に戻って。すっかり日が落ちて暗くなってしまいましたが、信号待ちのところを撮影。これでこの日すべての撮影が終了です。



次回は、ぜひとも乗りたいところですね。どう計画を練ろうか…。  


Posted by けいたん at 10:00西鉄(電車)撮影熊本熊本市電

2017年08月12日

熊本市電最古の1060形1063号を見る

熊本市民の足とも言える、熊本市電。
今回紹介するのは、その熊本市電の最古の車両です。

熊本市電最古の車両は、1060形1063号です。
1063号は、大阪の廣瀬車輌によって、昭和26年に製造されました。

のちにワンマン化や冷房設置といった改造が行われるなど経て、現在に至ります。
もともと、側面の乗降ドアは3つあったそうで、車両の全長も、通常の車両よりも長くなっています。

↓言われてみれば、車両外観、扉があったとされる部分の側面窓の形(冷房車のステッカーが貼られている)が、他の窓とは違うのがわかるほか、ドア部分を鋼板で埋没した痕跡もうっすらですが見られます。



2003年より、熊本市電の旧塗装を唯一纏っていて、その塗装をいまも維持しているため、一般車両よりも見分けもしやすいです。



しかし、運用は決まっておらず、他の車両の不具合や検査時などにおける、予備車扱いという形になっているそう。
普段は、上熊本の車庫のほうで留置される機会が多いとか。(自分が熊本訪問のたびにほぼ見かけるように見えるのは、何かしらの偶然かもしれないけど…。)


車齢は65年を越えましたが、これからも末永い活躍をしてもらいたいものですね。
  


Posted by けいたん at 10:00撮影熊本熊本市電

2017年08月10日

熊本城を見る2017(#10)熊本地震から2年目の夏(20170808)

毎日、お暑うございます。暑い日が続くと、ほとんどのことに身が入りませんね。体調を崩しがちにもなりやすい時期ですから尚更です。


さて、8月8日に熊本へ行ってきました。
4月にあった熊本復興飛翔祭以来ですから、約4ヶ月ぶりです。

もちろん、熊本も暑かったです。汗だくになりました。:)
熊本へこれから行こうとお考えの方、水分補給などの熱中症対策はお忘れなくです。



今回は、熊本城の近況からお伝えいたします。


大天守と小天守
大天守の上部の解体作業がほとんど終わりました。沈んでいるように見えるかと思います。
あわせて、小天守も下階の部分を解体する作業がおこなわれています。瓦もほぼなくなっています。

加藤神社から


熊本市役所の14階の展望スペースから



戌亥櫓
今月から、戌亥櫓前の空堀部分が一部開放されて、より近くで、櫓と石垣を見上げるように見ることもできるようになりました。


戌亥櫓の石垣もまた、飯田丸五階櫓の石垣ように隅石だけで支えている部分がありますが、それをじっくり見ることもできます。




飯田丸五階櫓
飯田丸五階櫓は、櫓の下の石垣の本格的な除去作業にともない、先月末からは、櫓の下に新たに受溝台(赤い鉄骨)が設けられました。
『奇跡の一本石垣』も解体されることになり、櫓も解体されたのち、再建される方針みたいです。復元整備事業で復元された櫓だけに…。

現況を見るならば、熊本市役所からだと見下ろす形になるため、その様子がわかりやすいです。



おまけ…天守と宇土櫓
宇土櫓は変わらずです。




といったあたりですかね。今月はもう一回再訪を予定しています。
  


Posted by けいたん at 10:00名所めぐり撮影史跡・遺産関連熊本

2017年07月31日

博多人形の窯跡の発掘現場を見る(20170729)

福岡市博多区冷泉町の駐車場跡(ビル建設現場)で6月から調査が進められている、博多遺跡群第213次調査の現地説明会が7月29日にあり、見に行ってきました。

ここでは、現在の地表面から約1.2m下で窯跡が見つかり、窯跡やその周辺から人形や七輪といった素焼きの製品や窯道具などが数多く出土しました。




調査が行われている敷地の一部は、昔、「中ノ子家」の地所で、中ノ子家はこの地で素焼きの製品を作っており、同家の口伝によれば、1808年に、中ノ子安兵衛·吉兵衛の親子が素焼き人形の製造を始めたとされています。
明治時代に「博多人形」のブランドを形成した主要人物はすべて、中ノ子家と師弟関係を持っており、人形生産技術の普及や人形界の発展に関して、中ノ子家はとても大きな役割を果たしていました。

…ということで、拙ブログでは便宜上、『博多人形の窯跡』としています。あながち間違いではないわけでね。


窯跡は現時点で、江戸後期から明治初期にかけてのものが6基が見つかりました。
窯跡はすべて調査地の西側に集中していて、同じ場所で何度も作り直されたものと見られます。





人形の頭や手の部分がいくつか露出しています。




出土した人形など…(一部)
これらの多くは、江戸時代のものとされています。こうしてみると、細かいところまで作りがしっかりしていますね。



型(高砂の背面)。中重…?人名のようですね。




こちらは、人形師の方によると、明治時代のもので、福岡出身の幕末女流歌人でもある野村望東尼がモデルではないか、また、窯で焼かれる前の状態とも言われています。


大黒様と恵比寿様


まだ整理されていない中にも、人形の頭部の一部など、多くの破片が出土しています。





………
今後も発掘調査は継続して行われるのことで、中世、古代、古墳時代など古い時代の調査として、さらに下へ掘り進めるとしています。

出土したものはもちろん保管されますが、また何かの機会で公開される時が訪れるといいですね。  


Posted by けいたん at 10:00撮影史跡・遺産関連地域情報