2019年01月21日

西鉄高速バスの新デザイン車を見る

2018年12月17日から、西鉄高速バスの新デザイン車が運行を開始しました。
西鉄の創立110周年を機に、九州島内で運行される西鉄高速バスのデザインを一新し、イメージアップを図るとのことです。




デザイン名称は「HARMONY」。

デザインコンセプト…
・人は新たな「出会い」と「発見」そして「感動」を求めて高速バスを利用する。
・西鉄の高速バスが街をかけぬけ、街を訪れる人と人、人と街を結ぶ橋渡し役として夢やときめきにつながる感動を提供し続ける。
・5つのラインは颯爽とかけぬける風のような爽快感と快適性を表現している。

デザインモチーフ…
・N   コーポレートシンボルのNを起点に躍動感と力強さを表現
・リボン 九州各県を結び颯爽とかけるバスを表現
・五線譜 やさしく心地よいハーモニーに癒されるイメージを表現
・5 カラーリングの意味合い

九州の豊かな自然と大地に実る果実や四季折々に咲く花などを5色で表現…

青色は「どこまでも広がる"海"」
緑色は「山々の"新緑"」
黄色は「燦々とふりそそぐ"太陽"」
橙色は「豊かな"大地と実り"」
桜色は「四季折々に咲く"花"」

となっています。


現時点ではまだ1台しかないので見つけるのも至難のわざですが、ようやく見かけました。



○高 3150  福岡ー熊本の「ひのくに号」の運用に入っています。(^^)

2019年3月末には21台導入予定とのことで、一気に増えそうですね。  


Posted by けいたん at 10:00撮影西鉄バス福岡市中央区天神熊本

2019年01月15日

イムズと石村萬盛堂本店の建て替え(201901)

んちゃー!( ^ω^)ノ

2019年に入って、福岡で大きなニュースが飛び込んできましたね。


まず、福岡の中心地・天神の一等地に建つ「イムズ」が、2021年度に閉館し、新たな商業ビルに建て替えられるという話。

地元ニュースでは速報としても伝えられました。その衝撃度はとてつもなく大きかったです。
それもそのはず、イムズができたのは、天神流通戦争が勃発した1989年、30年前のことでした。



イムズは“InterMedia Station”の略称。
文字通り、ライブや落語などが行われるイムズホールをはじめ、三菱地所アルティアム、かつては福岡市情報プラザ(現在は福岡市役所1階に移転)などもありました。
さらに、三菱電機でしか製造されていない日本に数十台しかないスパイラルエスカレーターがあるなど、バブリーな時代が残されているのも特筆すべきところでしょう。

FBS福岡放送で夕方放送される「めんたいワイド」でも、以前は定点中継として使われていましたし、懐かしい思い出が詰まっていますね。

また、天神愛眼ビルが隣接して完成。外観に一体感を持たせて調和も保たれていました。(実は、天神愛眼ビルは当初の計画では違うデザインだったというから興味深い。)

福岡市が進める天神ビッグバンにより、すでに福岡ビル(今年3月末)と天神コアも閉館、建て替えが決まっていますが、完成して30年弱のイムズまでもその流れに乗るとは思ってもいませんでした。なお、天神愛眼ビルがどうなるかは不明です。



もうひとつ。
博多区須崎町。博多祇園山笠の追い山の廻り止め地点(決勝点)にある、石村萬盛堂の本店。




同店が昨日(1月14日)で一時閉店となりました。
こちらもまた、9階建てのビルに2年後の完成を目指して建て替えられるとのこと。建物の老朽化だそうです。外観からはそう見えませんがね…。

昨年まで本店の2階で行われていた、山笠の追い山タイムの計測は継続されるということで一安心。

かつては、コメディアンになる前の小松政夫さんが働いていたことでも有名で、その当時としては破格の給料をもらっていたという。そういう縁もあり、かつては、同名物の一つ、塩豆大福のコマーシャルに出演されるなどしていましたね。

石村萬盛堂はもともと、当地の近くにあった、明治の喜劇王で名を馳せた川上音二郎の生家のあったところで創業。
いまでは、先述のとおり、博多祇園山笠の追い山の廻り止め地点としても知られる場所にあります。

また、ホワイトデーの発祥とも言われています。

新しく建て替えられるビルには、博多の文化などに触れられる施設も出来るという計画があります。
ここ数年でまた移り変わりゆく博多の町で、昔ながらの博多の良さも発信してほしいものですね。

なお、建て替えに伴い、本店にかわる店舗は、2月に土居通りに出来るとのことです。


ばいちゃー!(^ω^)  


2019年01月08日

福岡に残る昭和64年を巡る

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
更新頻度が減っていますが、ネタが尽きたというわけでもなさそうです。


さて、昭和天皇が崩御されたのが昭和64年1月7日。
自分は2歳半だったこともあり、その当時の記憶はありません。

昭和64年は1週間で終わり、翌8日から平成に元号が改められました。
その平成も今年4月で終わりを告げようとしています。

昭和64年は今もどこかに残っていないものかと調べると、ありました。

いずれも、福岡に。


まずは、中央区鳥飼の当仁小学校の近く。
ここにはかつて、福岡第一師範学校(のちの福岡学芸大学、現在の福岡教育大学の母体の一つ)から分離された「福岡県女子師範学校」があったそうです。

その女子師範学校が確かにあったことを示す石碑が建てられています。解説などの案内看板はなし。(撮影当時)



古地図にも「女子師範校」と記されていますね。



この石碑の裏にまわると
「昭和六十四年一月 奥田八二書」と刻まれています。


奥田八二は、当時の福岡県知事(1920-2001。県知事として、第10~12代の3期12年(1983-1995)務める。)。
当時の資料を見ていないので、この石碑が除幕・御披露目されたのがいつなのかが分からないですが、奥田八二県知事によって揮毫されたのは間違いなさそうです。
(当時、昭和天皇はすでに危うい状況からも自粛ムードが続いていたとも聞いています。)



もうひとつ。
博多区上川端町。櫛田神社の南門前に建つ、祇園マーケットがある古い建物。


裏手にある、喫茶 ふじやのドアの横に貼られているステッカーの一つに注目。



「アジア太平洋博 昭和64年3月17日→9月3日」

後に親しまれることになる「よかトピア」のことです。
(参考までに→ 西新駅の壁に残る、よかトピアの大型宣伝広告)



計画が持ち上がったのが昭和時代ですから、ステッカーもその当時に作られたものであることがわかります。

経年劣化で剥がれかかってはいますが、完全に剥がさないで残っているところが、老舗の喫茶店らしくていいですね。
当時は、このステッカーが各所で見られていたのではないでしょうか。
平成に元号が改められて、貼りかえられていたのでしょうけどね。


以上、福岡に残る昭和64年でした。他にもあったら、機会があるときに紹介していこうと思います。  


Posted by けいたん at 10:00名所めぐり撮影地域情報

2018年12月04日

筑豊電鉄の3000形が西鉄アイスグリーンに!

筑豊電鉄の話題をもうひとつ!

筑豊電鉄の3000形に、西鉄天神大牟田線の5000形等に見られる、アイスグリーン塗装と同様の塗装車両がお目見えしました。


西鉄グループ創立110周年の特別企画として、8月から運行されていて、今後3年間運行される予定です。

3004ABの1編成。


7000形に似ている…というか、意識しているとおもう。(^^;



今年の筑豊電鉄まつりで公開でした。
車内はさすがに再現されていませんでしたが、外観だけでも目新しく感じますねぇ。

  


2018年12月03日

撮り鉄泣かせな筑豊電鉄の2000形復刻塗装車

筑豊電鉄に、撮り鉄泣かせともいえる復刻塗装車がお目見えしました…。(^^)

筑豊電鉄の2000形2003号。
2000形は現在(2018/3/26ダイヤ改正)、平日朝の2往復、黒崎駅前ー楠橋間で運行されるのみです。

その2000形なのですが…((^^)


上り(黒崎駅前)側が、「黄電(きなでん)」カラーとも言われる、西鉄貝塚線の600形(現役)や、かつて西鉄天神大牟田線で走っていた2000形に見られた塗装。


筑豊電鉄でも以前、2000形1編成だけ、この塗装のままでしたが…消滅していました。



下り(筑豊直方)側が、開業当初、西鉄時代の旧塗装(西鉄マルーン&ベージュ)で、現在、熊本市電で活躍する5000形もこの塗装を纏っています。



そうそう、筑豊電鉄の2000形は元西鉄福岡市内線の1300形であり、熊本市電の5000形(旧1000形)とは兄弟車になるわけですね。




11月17日と18日に行われた筑豊電鉄まつりでは、筑豊電鉄線内で臨時列車として運行されました。


塗り分けがすごいことになっていますねぇ。
運行期間はとくに定められていませんが、しばらくは見ることが出来そうです。